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新卒で勤めていた会社は、都内に小さい本社と、埼玉県内に小さい工場を構えていた。

そこの本社に、新卒で配属された私よりも一ヶ月遅れて、

一回り年上でありながら私と同期のような存在の、妻子持ちの男の人が中途入社してきた。

役員のコネで入社してきた彼は、今現在課長になっているらしいが、

入社してから数年の間は、当たり前だが平社員だった。



同期のような、と言うだけあって、私と彼はバカみたいに仲良しだった。

あまりの仲の良さに私達の仲を疑う人はいなかったし、実際何もなかった間柄だった。





入社して3年経った、ある日。

私は、課長代理になった彼と、もう1人の女の先輩と飲みに行った。



「そう言えば、Sさんが亡くなってから、もう1年が経っちゃったんだね・・・。」

その時の話しの流れで、自然にSさんの話題になったのだが、

ここで、思わぬ事を彼の口から聞かされたのである。

「俺さ、Sさんが死んだって本社に連絡が入る前から、その事知ってたんだよ・・・」



「?」 「?」



私と先輩は、目が点。何の話しだ?って感じで。



「俺さ、その日の明け方、金縛りにあって・・・。」



彼は、全く霊体質ではない。怖い話しなどは、話すのも聞くのも嫌がるヘタレくんだ。

その彼が、霊現象の話しをする?しかも、自分の体験?

びっくりして、固まったまま彼の話しに耳を傾けた。



 ◇



工場に勤めていた技術者のSさんが亡くなる数ヶ月前、Sさんと同時に彼は課長代理へ昇進した。

私とは違って、何かと工場に出入りしていた彼。

私はそれほどSさんと面識はなかったのだが、彼はSさんと仲良しだったのかは知らないが、

昇進祝いと銘打って、Sさんと副社長とで祝杯をあげた仲だそうで。



Sさんは、当時37・8歳で、独身だった。

大きな会社から引き抜かれて、小さなうちの会社に転職した、Sさん。

Sさんは、キャリアをひけらかす事もせず、真面目で親孝行で、愛嬌のある人だったようで、

工場の若い連中には下の名前で呼ばれ、慕われる存在だった。

Sさんは結婚したがっていたのに、なかなかいい人と巡り合えずにいたのだが、

課長代理に昇進したのとほぼ同時にお見合いがうまくいき、

やっと結婚出来る、親孝行が出来ると喜んでいた。



「これから、会社をどんどん盛り上げていこうね!」

Sさんと彼は会社を盛り上げようと約束し、楽しく祝杯をあげたらしい。





プライベートも仕事も絶好調だったSさんが、御徒町に婚約指輪を買いに行った、ある日。

道端で、炎天下の中倒れた。原因は、クモ膜下出血だった。





峠は越え、一時は回復に向っていたのだが、倒れてから2・3週間したある明け方の事。

金縛りにあった彼の足元まで、Sさんが挨拶に来たというのだ。



 ◇



「悲しい顔をしていたよ。約束を守れなくなった、ごめんねって言いに来たんだろうな。」



彼にとって、この事は怖い話しではなく、辛く悲しい出来事なのだろう。

神妙な面持ちで、そう、静かに語ってくれた。





この話しを聞いて、私は思い出した。

訃報が届き、みんなが愕然とする中、彼だけが静かに強い眼差しでどこかを見つめていたのを。



 ◇



本当にあったあなたの知らない世界。

信じるのも信じないのも、あなたの自由。
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